Tell me your "ONE WORD"






曲名  サボテンの花
名前  senbei
年齢  38才
http://www2.freeweb.ne.jp/~tulip/


中2の頃('75)かぐや姫などフォークを聴いていた。
ラジオから流れてくる新鮮な曲。
なんて良い曲だ!ラジカセに録音しギターでコードを探りながら、弾き語ってみた。
曲名とバンド名はラジオでわかった。
心の旅はすでに知っていたが、興味はなかった。
しかし、サボテンの花を聴いた時点で、私の中のTULIPが変わった。
クラスにはすでにコンサートに行っているファンもいた。
その級友とコンサートに行くようになり、私も立派なTULIPファンとなった。
それから、吉田氏が脱退するまでは、歩くTULIPの広告になっていた。
私は友人たちに影響力があるらしく、友人をすべてTULIPファンにさせてしまった。(8人以上)
メジャーになってほしいが、ヒットねらいの曲ばかりを作ってほしくなかった。
財津氏の曲作りのパターンでこれは狙ってるな…
と、思うようになってしまった。それは、心の旅、ブルースカイ、 Wake up、虹とスニーカーの頃 のようにさびをうたい出しとするもの。
だから、このパターンの曲はあまり好きではない。
とは言っても、決して嫌いではないのです。
財津氏が役者としてTVに出てきて、見てる方が恥ずかしい思いもした。
「三男三女婿一匹」。
そんなこんなで、青春時代がTULIP一色になってしまったのです。

PS.たえちゃんは衝撃がありました。






曲名  心の旅&博多っ子純情&千鳥橋渋滞&青春の影
名前  千鳥橋
linusvp@ma.neweb.ne.jp
年齢  23才
http://www1.neweb.ne.jp/wa/linusvp/


「心の旅」
初めて買ったCDがこれでした。
(たぶんTVから流れたのを聞いて買ったと思う)
「博多っ子純情&千鳥橋渋滞」
その後僕も受験勉強に入り...
「大学は絶対福岡の大学に行く!」
と決心していた僕が、これを聞いて感慨に耽りました。
その後1年間訳あって親の家に転がり込んでいたときも、この2曲が心の支えになっていました。
「青春の影」
その後元の大学に戻り、ある女の子に恋をしてしまって、
その子見たさだけに学校に行ってたようなもので(<-ストーカーか?)、
ほんとに「君の心へ続く〜いつも僕を勇気づけた」となり、
さらに2年後大学院の試験に合格し、約20年ぶりに、
そして約15年の夢であった「博多に住む」ということがかない、
「自分の夢を追うことが今までの僕の仕事だったけど」、
その女の子に「君を幸せにするそれこそがこれからの僕のいきるしるし」と言いたかった...
そしてその子は今神戸在住...
でも貴女のおかげで今の自分があると心から思います。ほんとにありがとう!





曲名  風見鶏
名前  KOARA
年齢  41歳


 Tulipと出会ったのは、中学生でした。教室のピアノを弾きながら、
友達とよく歌いました。コ−ドネ−ムを覚えたのもこの頃です。
私は姫野さんのフアンなので、彼の作った曲がやっぱり好きです。
「千鳥橋渋滞」もよく弾き語りしました。
財津さんとは違う魅力があると思います。
そして、彼の音楽性もTulipサウンドの重要な役割をしめていると信じています。
 余談ですけど、私はTulipを知ってからビ−トルズの音楽を聴いたので、
どっちが真似た?かわからなくて笑われたことがあります。
ミスチルや、スピッツ、ゆずなんかTulipの影響あるんじゃないかなあなんて
勝手に考えたりしています。  2000年のコンサ−トにも絶対行くつもりです。






曲名  人生ゲーム
名前  明石
akashi@aga.co.jp
年齢  33才


昔、名古屋城でのライブを観にいったんですが、
アンコールで人生ゲームの歌詞の一部を変えて
(おそらく、アドリブだと思います)財津さんが歌ってくれたのを覚えてマス。
(〜しあわせなんかがあるならば〜それは名古屋城のことだろう〜)
なぜ、名古屋城がしあわせなのかは今だに謎です(^^;)
あと、青春の影を歌ってたときに、財津さんのピアノに
セミが飛んできて、ハーモニー?をかなでてました。





曲名  虹とスニーカーの頃
名前  ドンパ
ak-tulip@rr.iij4u.or.jp
年齢  20+1?才


「虹スカ」が発表された頃はテレビの「ザ・ベストテン」が
大人気でしたね(久米宏、黒柳徹子司会の)。
その頃、チューリップと同じく、なかなかテレビに登場しない
「甲斐バンド」がヒーローをヒットさせ、その番組に出演した頃の話です。
とにかく当時、甲斐バンド出演に驚き喜ぶ前に、なぜか無償に悲しくなったのです。
そう、わが愛するTULIPはどうしたの?・・・と。
友人からバカにされるは、当時付き合ってた彼女までもが
「そんな、夢実現しないよ。チューリップ出演なんて・・。第一、ヒット曲最近無いでしょ・・」。
沈黙の僕。悔しくて悔しくて・・・。
そんな、有る日、チューリップがツアーでやってきたのです。
もちろん見に言ったのは言うまでもありませんが。
なんと、劇的ドラマがコンサート終了後、僕に待っていたとは・・・。
コンサート会場から帰宅途中、信号待ちした隣のタクシーをふと見ると、
なんと財津さん、安部さんが乗っているではないですか!!。
「甲斐バンドに負けず!!、虹スカ絶対ヒットさせ、テレビに出てください!!」
思わず叫んでいる僕。一瞬の驚き後、笑顔で「ありがとう」と答えてくれた財津さん。
となりの安部さんも笑顔で答えてくれました。
その日は朝まで興奮し、眠れなかったのを覚えています。
 その僕の激励が効いてか(個人的には確信してます(笑))、
みごと、ベストテンにランクイン!!。
 結果的にはその当時、TULIP休養期間中で出演できないとの
財津さんのお詫び文書を久米宏が朗読した日には泣きに泣きました・・。
嬉涙なのです。出演できないと言う事は非常に残念に思ったのですが・・なぜか、
もの凄く嬉しかったのです・・・。この気持ち解って頂けるでしょうか?・・。
その日以降、私の周りのTULIPに対する扱い方が激変したのは言うまでもありません。
彼女からも詫びが・・・。
以上、私の青春の一こまでした。




曲名  夢中さ君に
名前  島根県津和野(匿名希望)   
mailaddress (載せないで)
年齢  37歳

♪真っ赤な車で〜いつもやってくる〜
という歌い出しで始まる曲なんですが、チューリップファンでない私には曲名は
もちろん、メロディーさえよく分かりません。
今から16年前、当時21歳だった私は、チューリップの熱烈なファンの
19歳の女の子と付き合っていました。
その当時車を持ってなかった私を、彼女は真っ赤なスカイラインでよく迎えにきたものです。
和歌山や神戸にも良くドライブに行き、そのときに彼女が歌っていたのを懐かしく思い出しました。
結局私が振られたという形で付き合いが終わってしまったので、
今となってはほろ苦い思い出です。




曲名  夢中さ君に
名前   すずよし
pingu7@mb.infoweb.ne.jp
年齢  37歳

心の旅が大好きだった。
カラオケにB面のこの曲があるのには驚いた。
以来行くたびに歌っていた。
高校生の頃、友人が好きでいつも聴かされていたっけ。
曲を聴くと当時を思い出します。




曲名  心の旅 
名前   ひこうき雲
yokoyama-yumiko@mtc.biglobe.ne.jp
年齢  えー。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hikoukig/


初めてこの歌を聴いたのは高校1年の夏休み。
初めての恋が始まったばかりでした。しかも遠距離恋愛。
"ポケットに詰め込んで、このまま連れ去りたい"
"あー、だから今夜だけは君を抱いていたいー♪"
歌詞とメロディーが一体となって、私の中に入ってきました。
ずっと、忘れることはないでしょう。



曲名  心の旅 
名前   Coo
kusano@mxy.mesh.ne.jp
年齢  本厄、真っ最中
http://member.nifty.ne.jp/~coo/index.htm


73年に大ヒットした曲なんですが、ヒットする前にラジオで聴いたんです。
当時はまだ中学生で、夜中、感度の悪いラジオを聴きながら勉強してました。
聞いていた番組の名前は忘れましたが、『オールナイトニッポン』だったと思う。
DJは『あのねのね』だった。(古いねえ〜)
強烈なイントロがノイズに混じって流れてきて、
ボーっとしていた頭に電撃が走ったのを今でも覚えています。
曲がかかる前に題名を言ったんですが、ノイズが絡んで聞き取れなかった。。。(涙)
でも痛烈に記憶に残った曲。。
数日後、ラジオでもう一度聴くことが出来たときに知った『心の旅』、『チュ〜リップ』。。。
その後、『夏色の想い出』『銀の指輪』とヒットが続き、テレビでも姿が。。。
一度でいいからステージを見てみたい!!一度でいいから生で聞いてみたい!!
田舎の中学生には果てしない願望がつのるばかり。。。
結局高校一年生の時に初めてステージを観ましたとさ。。。(笑)
まさしく『夢中さ君に』でした。(笑)




曲名  たしかな愛 
名前   JUN
big-pico@e-net.or.jp
年齢  37


思い出と云えば、数知れずありまちゅが。。。
ここでは、一昨年の再結成ツアーでの出来事を・・・
今から、約20年前(当時高校生)に付き合っておりまちた彼女が
大阪城ホールの入り口で、きっと自分が来るだろうと待っていて
くれたのでちゅ。
20年ぶりの再会・・・これもチューリップのお陰でちゅね!!!
現在、彼女は二度目の結婚で幸せに暮らしているとの事。
♪も〜お〜二度と無いだろお〜あなたの〜名前を〜呼ぶ事もぉ〜♪
と思っていたのに
と云う事で、彼女が初めて好きになった曲「たしかな愛」でした。





曲名  人生ゲーム 
名前    ひで
minellon@ivory.plala.or.jp
年齢  37


ラジオ東海?(だったと思う)
当時流行ったラジオ、ソニーの“スカイセンサー”とのニラメッコ。
「この世にぃ〜生まれたぁ〜時からはじまるぅ・・・」
「ざいつかずおの、じんせいゲーム・・・。」
当時の様々な思い出が蘇えってきます。
はじめて、チューリップのアルバムを聞いたのは中学二年生の時。
新築になったばかりの音楽室で・・・何のアルバムだったのかも今は思い出すことができません。
ただ、中身を聞いて思った事・・・。
財津さんと姫野さんとの声の区別がつかなかったこと・・・。
こんな事を思い出させてくれた、皆さんに感謝!




曲名  恋人への手紙 
名前      流衣
tulipian-kubota@pop07.odn.ne.jp
年齢   厄年終わったばかり


遠い昔、赤と緑のハブラシが並んでいた頃、
ギターの手入れをしながら彼がよく歌ってくれた曲…。
親を振り切って家を飛び出し、無理矢理いっしょに住んだけれど、
けんかばかりしていたあの頃。
6年が過ぎ、やっと認めてもらった時、きっともう彼は疲れ果てていたのでしょう。
さよならを告げながら、彼は言いました。
貧しくて、けんかばかりしたけれど、あの頃が一番楽しかったと。
あれから数年経ち、財津さんのミニ・コンサートでこの曲を聴いた時、
思わず泣いてしまいました。
時が経つと、思い出ってキレイなものばかり残るんですね。
こんな、思い出を抱えたままの私でもいいと言ってくれるダーリンに、
深く、深く感謝しています。
幸せじゃなかったわけではないけれど、
今度こそ、永遠に幸せでいられるような気がします。





曲名  丘に吹く風 
名前      みお
mio-123@geocities.co.jp
年齢    宮城さんの10年あとに生まれた
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1462/


高校2年のとき初めて行ったコンサートのオープニング曲。
まだアルバムに入ってなくて(確か)聞き覚えのない長ったらしい前奏(笑)が
とても印象的で好きになってしまった曲の1つです。
安部さんのギターソロがカッコイイんですよね。
♪今でも 今でも 僕は信じてる 何処かに 確かな 愛があると♪
ガキのくせにこのフレーズに感動しました。
2000年にまた聴けたらいいな・・・。



曲名  くちずけのネックレス 
名前      ゆうや
uya@orange.ocn.ne.jp
年齢    37
http://www.nttl-net.ne.jp/tulipian/home.htm


チューリップが不安定になっていた後期。
どうしてもチューリップから縁を切れずに聴いていた曲です。
日比谷野音のファン感謝デーでも演奏されました。
安部さんや姫野さんのいないチューリップに、どこか胸を痛めながら
少し重いため息で、それでもにこやかな笑顔で聴いていました。
We blieve in Magicの後に発売された「この愛は忘れていいよ」は
ファンの皆さんに
「これで最後です。これからは、また自分の生き方を見つけてください。」
と財津さんがおっしゃっているような気がします。
2000 青い空の下でまた逢いましょう。
が本当の最後になるんでしょうね。




曲名  I'm the editor・・・(後ろのサブタイトルは忘れた) 
名前      のりちゃん
fwgc7557@mb.infoweb.ne.jp
年齢    30代です
http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc7557/index.htm


この曲がシングルで出た頃(1980年はじめだったと思います)、
バンドを組んでいてバンドの中の一人(男の人です)がこの曲を持ってきたのです。
後にこの人にお熱をあげることになったわけですが、「チューリップが大好き!」と
言っていたので、これを機にチューリップを聴きまくった・・・ということです。
「心の旅」「虹とスニーカーの頃」以外に出会った最初の曲であり、
今を思うととても懐かしくなります。
お熱をあげていたバンドメンバーは、今何処へ。。。
(私と同じ、今年年男です。)




曲名  虹とスニーカーの頃 
名前      フーコ
yyyka@mx.grn.mmtr.or.jp
年齢    22歳  当時


TULIP…チューリップ…
それは高校の時、ラジオできいて以来
いつかまた聞いてみたい‥と思い続けていたグループ
…明石の町をKさんとSさんとわたしで歩いていたとき
ふと目にとまった一枚のポスター
”6月9日明石市民会館チューリップライブアクトツアー”
即…チケットを買った。
それから一年、3回コンサートへ行き狂ってしまった、
…これがチューリップとのおつき合いの始まり
その頃ヒットしていたのが♪虹とスニーカーの頃♪



ヤンリクベスト7情報1979.10.9
1.マイレディ     郷ひろみ
2.夜明け       松山千春
3.おまえと二人    五木ひろし
4.青春の一冊     野口五郎
5.虹とスニーカーの頃 チューリップ
6.しなやかに歌って  山口百恵
7.新宿港町      森進一